3.自らを律すること



 自らの命の在りかた、そして、生きかたを決め、その意志に基づいて生きるようになると、わたしたちは、“自分” というひとつの命のかけがえのない価値を、日々の中で(無意識のうちではありますが)感覚として捉えることができるようになります。この感覚が、日々の中くりかえし、ひとつの命にひびきつづけることで、自分自身にたいする揺るぎない信念がつくられていきます。この信念こそが、「自らを律する」という働きをもつものです。

この信念によって律されるものは、新たに、自らの命の在りかたと生きかたを決め、それに基づいて生きる自分、つまり、尊敬すべき自分自身に対して、ふさわしくない感情、それに伴う行いのすべてです。

今まで、尊敬できない自分自身であったために、わたしたちは、自分に自分が向ける負の感情、そして、行動を律することが出来ませんでした。そうして、もう何年も、何十年も暮らしてきてしまったのですから、そうすることは、癖のようになって、心や体に染み付いています。しかし、自分からの尊敬を、命の在りかたと生きかたを決めなおすことによって、勝ちとったのですから、もう以前のように自分を蔑んだり、批判したり、雑に扱うことは、いけません。尊敬に値する自分自身になったのですから、その自分にたいしてふさわしい、やさしい感情をもち、それにふさわしく、たいせつに扱わなくてはいけません。

また、この信念は、命の内側(無意識の中)で自然と育ちはじめるものですが、同時に、強く意識して暮らす「尊敬すべき自分がここにいる、だから、自分をたいせつにする!」ようにすることで、より早く、たくましく育てることができるものでもあります。

「律する」ことの効果について、もっと具体的に教えてください。
「律する」とは、自らの自らにたいする信念のもつ働きによって、自分を蔑むような負の感情が自らの内側に散乱しないようになる、また、負の感情に伴う負の行動が氾乱しないようになる、ということです。これはつまり、自分で自分をたいせつにすることが出来るようになる、ということです。

たいせつにされたとき、命は、自然と満たされ、和らぎ、柔らかくなります。

これはたとえば、あなたが、誰かにたいせつにされたときのことを思いだしてみるとわかりやすいとおもいます。そのとき、どこ、とは具体的に言えないけれど、なんとなく、あたたかく、やわらかく、やさしくなったような感じがしませんでしたか?これと同じことが、信念によって律された自分自身にも起こります。

このような理由から、信念を自分自身にたいしてきちんともつことにより、わたしたちは、あたたかく、やさしく、やわらかくなれるのです。自分が自分のことをたいせつにすることができるという日々の暮らしが実現されることによって、“自分自身からたいせつにされているという感触” が得られ、命は、『満ち、和し、柔す』=ふんわりまろやか になるのです。


“命の治療と教育” のゴールは、どこですか?
それは、きちんと自らを愛せるようになること、です。

「ひとつの命に対する態度」は、その相手が自分であろうと、他人であろうと、変わりません。向き合うものが、「ひとつの命」ならば、すべて同じようにしてしまう、これが、命というものです。つまり、自分というひとつの命に対する態度は、自分以外のひとつの命への態度でもあるのだということです。自分をたいせつにできる、ということは、他人をたいせつにできることの証明でもあるのです。

こういったことからも、まずは、「自分自身にたいして尊敬をもち、信念をもち、自らの命をたいせつにすることができるようになること」これを Ecole et Clinique des Edelweiss では、ひとつのゴールに掲げています。自分のことをたいせつにすることができるようになればなるほど、自ずと他人のことも、たいせつにすることができるようになるからです。

このような経過をたどって、他人のことをたいせつにすることができるようになればなるほど、自分以外の「ひとつの命」との間に存在した障壁が自然と取り払われていくのを感じることでしょう。そのとき、そこに在るのは、復讐心による怒りではなく、ゆるし、自分のための吸引ではなく、他人のための生産、そして、むさぼる欲ではなく、尊ぶこと、です。

これが、ひとつの命として、起点としての確立を果たし、循環を生み出すことができている、という状態です。これはまた、「自分のことを愛することができている」という言葉で言い換えることもできます。

自分自身を愛することができる命は、自らにたいする尊敬があり、信念をもち、自分をたいせつに扱うことができる命であり、その命は、自分と同じように、他人のことを尊敬し、たいせつに扱い、愛することができます。

自分という「ひとつの命」を愛し、他人という「ひとつの命」を愛することができるようになること、それは、その「ひとつの命」の集まりでできているこの世界にたいして、愛を与えることのできるひとつの命となる、ということです。

ここが、“命の治療と教育” のゴールです。


治療と教育の効果は、どのくらい持続しますか?
もちろん、一生つづきます。

命の健やかさ、そして、愛情や幸福、さらに、生命としての豊かさや繁栄は、自らの命の在りかたや生きかたに一貫する、揺るぎない信念の賜物です。また、命の治療と教育をうけることによって、ひとつの命がもつに至った信念は、生涯を通じて、決して崩れることはありません。

━━  ま と め  ━━

 Ecole et Clinique des Edelweiss があなたにお届けするのは、すべてにおいて、ほんものです。

それは、生涯にわたってあなたを守りつづける、真の幸福と愛情、命の健やかさであり、それを支えつづけるための、知性、理性、意志、そして、「揺るぎない信念の力」です。

自分自身にたいする揺るぎない信念につらぬかれた日々の暮らしの中において、ひとつの命は、循環を生み出す起点となり、また、循環の中の一点となって、より豊かな幸福と愛情は生涯にわたり、実現されつづけていくのです。

『命の治療と教育』 のポイントは、“愛” と “循環” にあります。

程度の差こそあれ、あらゆる命の根っこには、刻み込まれたものがあります。そのために、最初から、自分にたいして信念をもち、自分を愛することができている、という命は、ほとんどありません。そのような「ひとつの命」を生き、また、生かされている、わたしたちが忘れてはいけないのは、

「自分が、自分にたいしてできたことだけが、自分が、他人にたいしてできることである」

ということです。つまり、自分自身の幸福や愛情、健やかさの根本における本質的な追求と、そこにおいて、自らの問題を解決し、命を真摯に高め上げようとする姿勢をもって生きること、それこそが、他の命のためにできる「最高のこと」であり、そして、それは同時に、すべてのほかの命のために=この世界のために「最高のこと」をする、ということともイコールで結ばれているのです。

愛情と幸福、健やかさ ―― これらは、自分を愛し、周りを愛し、世界を愛する、そういうふうに在り、また、生きる、ひとつの命に贈られる「ギフト」として、とても自然なものなのです。

1.自らを知ること
2.自らを立てること